コミュニティーサイトDreamballoon.com

   
home お問い合せ 免責事項・著作権
ドリームバルーンはみんなの夢で大きくふくらむ風船です
ドリバル会員の紹介
小売業のみなさま(飲食関係) 小売業のみなさま(美容・健康・その他) 建設・不動産業のみなさま 製造業のみなさま サービス業のみなさま


わらび新聞

蕨歳時記バックナンバー No.4 一覧に戻る 1 2 3 4 5 6 7 8 9

【蕨歳時記】 (復刊31号)
既視感といふ言葉あり芒原

芒の穂が出そろう季節となった。今年は天候不順の影響か、場所によっては八月に穂が出たり、九月中旬になってようやく出始める所があるなどばらつきが目立った。

さもあらばあれ芒の穂が出そろえば秋もたけなわ。鳴く虫たちはここを先途と鳴き交わし、野原の草も花をつけ実を稔らせ、やがて来る冬を前にあわただしい動きを見せる。それらを包むように、人の背丈ほどにも伸びた芒が秋風にさや さやと葉擦れの音を立てる。

昔、と言っても昭和三十年代までは荒川土手から川口、戸田、蕨一帯には芒野があちこちに広がっていた。土手の上やちょっとした丘に立つと、見渡す限り芒が生い茂り、いっせいに出そろった穂が靡いておいでおいでをする景色が見ら れた。夕陽を受けた芒の穂は黄金色に輝き、幻想的な雰囲気を醸し出す。はじめて来た場所なのに、何だかはじめてではないような感じになる。

そんな芒原も今では箱根あたりまで出かけないと見られない。蕨でも芒は今や公園の一画にちんまりと植え込まれ、ささやかに秋を告げる存在になった。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄/蕨公園)

 

【蕨歳時記】 (復刊32号)
水澄めりほのかに聞こゆボブ・ディラン

水の流れは人の心を落ち着かせる。私たちは周りの出来事に一々反応しては嘆き、怒り、悩み、そして疲れる。そういう時、小川のせせらぎや池のみぎわに腰掛けて、水の動きを見るともなしに見ていると、いつとはなしに昂ぶりが消えていく。

春から夏にかけて川や池には微細なプランクトンが湧き出し、それを水棲昆虫が食べ、またそれを魚が食べて育ってゆく。岸辺の茂みも栄養豊富な水を吸い上げて茂る。やがて秋も深まると、動植物は活動を止め、休息の冬に入る。木々は葉を落とし、虫は一生を終え、次の春に微生物の温床になるべく水底に沈む。水は何事も無かったかのように、透明度を増して流れる。

晩秋の要害通りは町中とは思えない静けさである。この小道に入ると足取りも自然にゆっくりしてくる。どこの家のラジオかCDか、ボブ・ディランがしゃがれ声で歌っているのが聞こえてきた。くよくよしたって始まらないと。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄/要害通り)

 

【蕨歳時記】 (復刊33号)
燗酒や小さきしあはせふしあはせ

11月も半ばとなれば、あたりの景色は冬めいて、日暮れも早く、朝晩はぐんと冷え込む。紅や黄色に色づいた木々は北風に葉を散らし、時雨にうたれる。そぞろ物寂しさをつのらせる季節である。

勤めを終えて家路につく。肌寒い風にあおられた衿かき合わせながら目を上げると遠くに赤い提灯の灯が見える。吸い寄せられるように縄のれんをくぐる。酒染みたテーブルに3人、4人と座を占めて、声高に仕事の辛さや上司の悪口を言っているグループがある。カウンターに男女2人肩を並べてしみじみ話し合っているのもある。はたまた、たった1人で静かに飲んでいる人もいる。

それぞれが、それぞれの幸せ不幸せをつぶやいている。「これほど一生懸命やっているのに・・・」。「娘が大学の推薦枠取れたそうでして」。「課長は上の方ばかり見てるから」。「結局私たちのことは、2人で何とかしなきゃね」。「孫がね、初めてジイチャンと言いましてね」。一時の愚痴のこぼし合いは明日の活力源でもある。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄/蕨駅西口近くの小路)

 

【蕨歳時記】 (復刊34号)
父と子の呼吸ぴたりと餅搗けり

餅は祝い事に欠かせない食物であり、特に新年には神棚や仏壇に供え、お雑煮にして家族そろって食べ家内安全と繁栄を祈った。それを暮れのうちに準備するのが餅搗である。たから大きな家では家族、親戚、出入りの人たちが総出で賑やかに行い、できた餅を隣り近所にもおすそ分けして共同体意識を高めた。

しかし近ごろは米屋や菓子屋に注文する機械搗きの賃餅が多くなり、中にはスーパーで売られているパック詰めの切り餅で済ませる家庭も多くなった。農家ですら餅搗をしなくなった家が多いという。

だが今でも伝統をしっかり守っている家が残っている。たくましくなった息子が力強く杵を振うと、父親が掛け声を発しながら捏ね取りをする。瞬く間にひと臼搗き上る。できたばかりの湯気を立てている餅をお供え用に丸めたり、のし餅に伸ばしたりするのはもちろん母さんであり、姉さんや妹である。一家の絆は強まり、和やかなお正月になることは間違いない。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄/南町岡田様宅)

 

【蕨歳時記】 (復刊35号)
目を皿に土手の草見る六日かな

正月7日は七草粥。芹、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな(カブ)、すずしろ(ダイコン)を6日の晩あるいは7日の早朝に混ぜて炊く。餅を入れることもある。これを食べて1年間の無病息災、平安無事を祈る。奈良時代に中国から伝わった風習だというが、今日では日本独自の行事のようになっている。

昭和40年代までは首都圏の町にもまだ空地や野原が残っており、川の土手もコンクリートで固められていない場所が多かったから、1月6日には七草摘みの人たちをよく見受けた。今でも郊外に出かければ芹やナズナ(育つとぺんぺん草)、はこべくらいはみつかるだろう。蕪と大根は簡単に手に入るからこれで五種になる。「五品よりととのはずとも七草粥(水牛)」で、自分で調えた七草粥は格別の味わいであろう。

近ごろは七草を小さな籠などに寄せ植えのようにしたものを八百屋で売るようになった。忙しい人には便利である。子供と一緒に「七草なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に、七草なずな」と囃しながら叩くのも楽しいだろう。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄/八百屋の店先に並ぶ七草)

 

【蕨歳時記】 (復刊36号)
箒目のくっきり立ちて梅日和

2月4日は立春。暦の上ではこの日から春ということになっている。2月がもっとも寒さを感じる月だとは言うけれど、日一日と春らしくなって来る。それが証拠にあちこちから梅の花の便りが聞こえる。

常緑樹は別として、あらゆる木々がまだ枯れ木の状態で立っている早春に、梅は美しくかぐわしい香りの花を咲かせる。梅は縄文末期か弥生時代に中国からもたらされたものではないかと言われているが、奈良時代には既に日本固有の植物のように親しまれ、万葉集では桜よりもむしろ多く詠まれている。何よりも待ち焦がれた春を告げるシンボルとして尊ばれたのであろう。「梅に鶯」という付き物もこの頃早くも出来上がっている。

自衛隊イラク派遣、狂牛病、鳥インフルエンザ、年金カット等々、憂鬱なニュースが次から次へと出て来るけれど、そんなことは一時忘れて梅見に出かけてみよう。寺や神社の美しく掃き清められた境内に馥郁と香る梅の花を見つければ、怒りもおさまるに違いない。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄/三学院中庭の茶室と梅の古木)

 

【蕨歳時記】 (復刊37号)
花びらをひたいに載せて鯉浮かぶ

今年は桜の開花がいつになく早そうで蕨市でも3月中に満開になってしまうようだ。2月の梅に始まって、木蓮、れんぎょう、菜の花と、郊外も町中も花であふれる季節がやって来た。そして桜が咲き、春は本番となる。

昔から和歌や俳句の世界では「花」とだけ言えば桜を指すことになっている。平安末期、武士の身分を捨てて歌に生きた西行も桜が大好きだったようで、「願はくば花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月のころ」と詠んだ。生あるものは必ず滅びる。どうせ死ぬのなら2月(旧暦)15日、お釈迦様入滅の日がいいなあ。満月がこうこうと照らす頃、満開の桜の下で死にたいなあと言うのである。ほぼその願い通り、西行は建久元年(1190年)2月16日、73歳で安らかに息を引き取ったという。

桜の花は人の心を浮き立たせるようだ。あちこちで花見の宴が繰り広げられる。ぱっと咲いて、にぎやかに散るいさぎよさもある。足元の池には散った花びらが水面を覆い、花筏を作る。寒さに縮こまっていた鯉も元気に泳ぎだした。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊38号)
パンジーや建売買ひし若夫婦

パンジーは同じ仲間でも、日本に古来から自生する菫とはずいぶん違う。山路来てなにやらゆかしすみれ草(芭蕉)のひっそりとした感じとは大いに異なり、「わたしキレイでしょ」と言わんばかりに華やかに紫や黄色の花を咲かせている。

イギリスで生まれた園芸品種で、日本には幕末明治の頃既に入っていたが、爆発的に広まったのは第2次大戦後である。やはり住宅の洋風化が進んだことと関係があるようだ。昨今の都会地はマンションや小型の建売住宅が建並び、大きく育ってしまう花木は敬遠されてしまう。その点、パンジーはまことに都合が良い。小さな鉢で十分生きていけるし、適当な日当たりと水さえ切らさなければ色とりどりの花を次々に咲かせてくれる。

栽培技術も進んで、本来は春咲くものを冬の内に咲かせて、花屋の店頭をにぎわす。共働きでせっせと頭金を貯蓄し、念願叶ってスイートホームを手に入れた若夫婦。窓を開ければ隣家に手が届きそうだが、猫の額とは言えちゃんと花を植える地面もある。引っ越し早々、まずはパンジーを植えた。人も笑顔、花も笑顔の暮れの春である。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊39号)
卯の花に本音つぶやく帰り道

「卯の花の匂う垣根にホトトギス今日も来鳴きて・・・」と今でもよく唄われる小学唱歌「夏は来ぬ」で有名な卯の花。もともと日本の野山に自生する空木(うつぎ)の花で、住宅地の生け垣や庭の片隅などに植えられている。五月になると白色五弁の清楚な花を枝先に鈴なりに咲かせる。陰暦四月にこの花が盛んに咲くので、昔は四月のことを卯月と言った。これが咲けば夏が来たという気分になる。

しかしどういうわけか、この花が咲く頃は雨が多い。卯の花を腐らせる長雨との意味で「卯の花くたし」という言葉もある。青葉若葉の中の純白の花だから、とても目立つはずなのに、卯の花はひっそりと物寂しい感じで、どちらかと言えば雨や夜道によく似合う。

大事な話があるからと呼ばれての戻り道。小田原評定が長引いて、すっかり遅くなってしまった。自分の考えは、とうとう半分もいえなかった。暗い夜道の卯の花垣、そこだけがぼーっと白く明るくなっている。「こう言えばよかったんだなあ」と、思わず卯の花につぶやいている。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊40号)
二十年鉢中回る金魚かな

我家に20歳になる金魚がいる。玄関前に据えた直径50センチばかりの瓶の中を、ただ1尾、悠々と泳いでいる。ありふれた和金だが、さすがに20歳ともなると頭から尾の先まで10センチはあり、なかなかの貫禄である。

いま住んでいる家を建てた20年前の6月、お祭りの縁日で買った、金魚掬いなどに使われる小っちゃな和金だった。10尾買ったのだが、5年目あたりでとうとう1尾になってしまった。淋しかろうと、新たに買い求めた仲間を入れてやると、猛烈な勢いで追いかけ回す。しょうがないから疲れてふらふらになった新入りを掬い上げる。そんなわけで以来独身を通している。オスだかメスだか判らないが、家内が「キンちゃーん」と呼んで餌の壜を叩くと嬉しそうに浮いてくる。

それにしてもこのキンちゃん、鉢の中で何回回ったことだろう。鉢中1周約1.5メートル。1日100回は回るだろう。20年でざっと1100キロ。この大旅行も周りの風景はさっぱり変わらない。「つまらないだろうなあ」。しかしね、そう言う貴方もぐるぐる回っただけの20年じゃないの。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

 

蕨歳時記バックナンバー No.4 一覧に戻る 1 2 3 4 5 6 7 8 9

 

 




 

会社概要免責事項・著作権についてお問い合わせ
Copyright (C) 2001 Takaishi Communications Co.,Ltd .All Rights Reserved