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わらび新聞

蕨歳時記バックナンバー No.5 一覧に戻る 1 2 3 4 5 6 7 8 9

【蕨歳時記】 (復刊41号)
曲れども我の育てし胡瓜かな

自宅で胡瓜や茄子、トマトを作る人が増えているという。猫の額でも庭があれば幸いだし、マンション住まいでもベランダに大きめの植木鉢やプランターを置けば2、3本育てることができる。近ごろは郊外の農家が休耕地を10坪ずつくらいに区切って週末園芸家に貸し出すことも流行っている。

適度な日当たりと、水をたっぷり肥料を少々やればすくすくと育って、ゴールデンウィークに植えた苗が6月末には実を付け始める。子供にも手伝わせれば、というより、子供を主役に立てれば大喜びすること請け合いである。植物が伸び育ち、花を咲かせ、小さな実をつけて、それがだんだんと大きくなってゆく様は神秘的で、感受性の鋭い子供たちは眼を輝かせる。テレビゲームなどでは決して味わえない感激を、子供たちはしっかりと受け止める。

遊びに気を取られて水やりを忘れたりすれば、ベランダの胡瓜など1日でしおれてしまう。強過ぎる照り返しを防ぐために時には日除けを張ってやる必要もあるだろう。手抜きをすれば必ずしっぺ返しされる。そういうことを身をもって知ることは貴重である。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊42号)
片陰を犬に択ばせ蕨宿

「お暑いですねえ」が通りすがりの挨拶の決まり文句。だが、今年の夏はこの言葉に実感がこもる。関東地方では気象台始まって以来の高温記録が続々と生まれた。

真夏の太陽は真上から照りつけて来る。しかし午前中は通りの東側に、午後は反対に西側に日陰ができる。これを片陰(かたかげ)と言う。自動車も自転車も無くて、ただ歩くより仕方がなかった時代、人々は炎暑を少しでも避けようと片陰を探した。中山道の蕨宿は道が東南から西北に走っているから、はっきりした片陰ができにくい向きになっているが、昔も今も、人は自然に陰の方に寄って行く。犬も舌を出しながら日陰を求める。

しかし、8月も旧盆を過ぎると秋の気配が漂い始める。まだ残暑は厳しいが、時折涼しい風が立ち、空には鰯雲が現れるようになる。子供たちの夏休みももう残りわずか。宿題を思い出して、そろそろ慌て出す。手伝いをせがまれるお父さん、お母さんだって、これまた夏の疲れがどっと出る頃だ。「だから計画的にやりなさいと言ったでしょ」なぞと遅過ぎる小言を口にする。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊43号)
凝る首を回す全天秋の空

台風18号は各地に大きな被害をもたらし、去った。瞬間風速が60メートルを超えた所もあったという。今年は台風の当たり年とかで、九州や四国あたりは毎週のように暴風雨に見舞われ、そこに住む人たちはもう疲れ果ててしまった顔つきである。

そこへいくと、東京を中心とした首都圏はさしたる被害も蒙らずにすんだ。もともと関東平野一帯は気候が穏やかで、暑さ寒さもほどほどであり、豪雨や豪雪からも免れている。不思議なことに関東を直撃する台風もあまりない。

ここを首都に定めた徳川家康はやっぱり偉かったなあと、妙に感心する。秀吉に体よく追われて関東支配を命じられた家康は、天下を取った後、元々の出身地の三河(愛知)や駿府(静岡)をはじめ、好きな所に本拠を置くことが出来たはずなのに、江戸を選んだ。大政治家の勘というものかも知れない。

野分の吹き過ぎた後、やれやれと表に出て背筋を伸ばし、首を回す。空には鰯雲、ひつじ雲。赤蜻蛉も飛び始めた。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊44号)
忘れ物見つけたような茸飯

松茸が採れなくなって久しいが、関東地方の里山でかなり簡単に採ることができた初茸やシメジなども最近は非常に少なくなってしまった。山林の手入れが行き届かなくなったせいらしい。

昔は山林の下草刈りや落ち葉掻き、下枝切りや間引きなどがこまめに行われ、それが炭焼きに使われたり、堆肥や薪になった。しかし、家庭燃料としての炭や薪はほとんど姿を消し、堆肥づくりも昔ほど行われなくなった。そのため、下草や木が茂り放題になり、茸が生えなくなってしまったのだという話を聞いた。

そのかわり工場のような所でオガクズなどに種菌を植え付けて作る、人工栽培キノコが大量に出回るようになった。おかげで茸飯は年中食べられるようになったが、季節を感じることができなくなった。ただし、松茸だけは人工栽培ができない。日本産はそれこそダイヤモンド扱いだが、中国、朝鮮半島産などは、ちょっと奮発すれば庶民の口にも入る。まるで忘れ物が見つかったような気分で、松茸御飯を味わい、しみじみと秋の気分を噛みしめる。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊45号)
大根の旨味増したる夜の冷え

11月7日は立冬。俳句ではこの日以降、冬を詠む。しばらくは暖かい日もあるけれど、下旬になると朝晩はぐんと冷え込むようになる。

それにしても今年は、気象上めちゃくちゃな年として記録されるのではないか。関東地方では寒い春だったのが5月になると急に暑くなり、いきなり猛暑になった。その暑さが10月まで尾を引いたと思ったら、秋らしい秋を感じることもなく冬に入る。この間、日本列島は西日本を中心に長雨に見舞われ、台風が連続して襲い、各地で水害が起こった。そして止めを刺したのが新潟県の中越地震である。

心許せる人とようやく落ち着ける場所に席を占めて、杯を合わせた途端にグラグラッと来た。自然現象についてぶつぶつ愚痴るのは馬鹿の極みであるとは分かっているのだが、折角の計画が台無しになったりすると、ついつい天を恨みたくなる。

これから、震源地付近で避難生活を強いられている人たちには厳しい季節がやってくる。ほかほかと湯気を立てる煮大根を頬張って、いささかの心の平安を保てるよう祈ることや切。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊46号)
遅刻々々駆け抜ける子や霜の道

地球温暖化が進み、最近は首都圏ではあまり雪や霜が降らなくなった。十数年前までは、12月ともなれば夜間の冷え込みは非常に厳しく、早朝の街路は一面に霜が降りて真っ白になった。その中を早起きの新聞配達少年や牛乳屋さんが早足に通るというのが、冬の朝の風景だった。

頬を真っ赤にして白い息をはきながら元気に駆ける配達少年の姿は、今はもう見当たらない。新聞配達は現在はもっぱら大人の仕事になって、騒々しいバイクの音を響かせながら走り回る。牛乳配達はすっかり姿を消した。

日本は豊かになったから、若い人たちは精一杯暮らしを楽しめる。しかし「豊かさ」の追求には限りがないから、みんな常に不満を抱えている。「こんなんじゃ、子供も作れない。」ようやく結婚した三十代新婚がそんなことを言う。

やっと生まれた子供は、だから思いっきり甘やかされる。新聞配達なんてとんでもない、である。塾通いとゲーム遊びに疲れた子供は朝寝坊。たまに降りる霜などには気づかないかも知れない。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊47号)
つくづくとふやけし顔や寒の水

万事が合理的、効率的という物差しで計られる世の中になったとはいえ、お正月だけはさすがにのんびりとした気分が漂う。お節料理などは出来合のものを買って済ます家庭も多くなったようだが、遠くに赴任している子供たちも帰ってきて、久しぶりに一家団欒の楽しさも味わえる。日ごろは無軌道ぶりを発揮している若い男女が着飾って、神妙な顔つきで神社仏閣に初詣でする光景も微笑ましい。

こんな3が日が過ぎてしまうと、また忙しい日常が戻ってくる。けれどもたまに何もしないで、美味しいものばかり食べてごろごろしていらた、身体がすっかりなまってしまった。確かに体重も増えている。頭も少しぼんやりして、もう一つ仕事に身が入らない。そんな状態でいるうちに、たちまち七草あたりになってしまう。

1月5日が「寒の入り」。小寒、大寒と、1年中で最も寒いと言われる30日間過ぎると、2月4日は春を告げる「立春」である。カレンダーはあれよと言う間に進んでしまう。散歩の途中、寒の水の流れに映った自分の顔を眺めて、気を引き締めねばと言い聞かす。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊48号)
補助輪を取ると力む子春立ちぬ

寒い寒いと言っているうちに、暦の上ではとっくに春になっている。ついこの間、明けましておめでとうと言い交わしていたのが、あっという間に1月が過ぎ、2月4日の立春も通り過ぎた。梅も散りかかり、早咲きの桜だよりが聞こえて来る。そうなると、もうすぐ新年度、子供たちにとっては新学期である。

日本は1990年代初頭のバブル経済崩壊以後、まるで濃霧の中をさまようような長期低迷を続けて来た。大手企業や銀行が次々におかしくなり、リストラという言葉が流行語になるほど職を失う人があふれた。それがようやくここへ来て、なんとなく落ち着きを見せている。もう昔のような派手さは望むべくもないが、それなりの落ち着きといったところであろうか。

時の流れは偉大である。バブル崩壊当時に生まれた子供たちがもう小学校を卒業する。不況の真っただ中に生まれたはな垂れ小僧も、「もうボクだってお兄ちゃんと同じ自転車に乗れるもん」と頑張るようになった。一陽来復の春である。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊49号)
ああすればこうしておけば名残雪

やりたい事、やらなければいけない事はたくさんあるのだが、何となく物憂くて、頭もはっきりせず、ついつい先送りにしてしまう。物事が思ったように運ばないのは怠け心のせいなのだが、急に暖かくなったかと思えばまた寒くなるという、3月特有のお天気がそうした怠け癖を増幅することは間違いないようである。

3月はときに雪が降る。今年も4日には関東地方にかなりの雪が降った。春の雪は、大気の温度が高いために雪の結晶が崩れてお互いにくっつき合い、大きな塊の牡丹雪になることが多い。そして振るそばから溶けて行く。しかし、溶ける時に気化熱で周囲を冷やすから、気温はぐんと下り、身体にこたえる。

せっかくふくらみかけた桜のつぼみも縮んでしまう。それに花粉症。春の雪の翌日は大抵晴れるから、杉花粉大量に舞う。町中はマスクだらけになる。体調の良くない人は、こうした急激な天候変化に身体がついて行けなくなり、本当の病気になって寝込んでしまったりする。名残雪は風情があるが、罪な雪でもある。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊50号)
青空のあちこち指して木瓜の花

桜や梅のように春を代表する花ではないが、木瓜の花もなかなか風情がある。庭の隅などに人知れず蕾をふくらませて、少し暖かい日が続くと鮮やかな赤い花をぱっと咲かせる。おやこんなところに木瓜があったのかと人を驚かせる。誰も彼もが桜に見とれている間に、足元にこんなにきれいな花があったのだとしまい忘れていた大切な品物をふと見つけたような楽しさも感じる。

バラ科の落葉低木で、平安時代に中国大陸からもたらされたという。大きいものでも人の背丈ぐらい、草木瓜という種類は4、50センチくらいにしかならない。枝ぶりが整わず、四方八方に枝を伸ばし、緋色や白、赤白絞りなどの花があっちを向いたり、こちらを向いたりして咲くところが野放図で面白い。

けして主役にはなれないが、この人が出ると芝居でも映画でもぐっと引き締まるという俳優がいる。近ごろはそういう役者が少なくなった。そう言えば、政治の世界にも経済界にも、そういう木瓜のような味のある人物が見当たらなくなった。オレがワタシがと、しゃしゃり出て来るが大向こうの喝采は到底得られない。さびしい限りである。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

 

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