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わらび新聞

蕨歳時記バックナンバー No.6 一覧に戻る 1 2 3 4 5 6 7 8 9

【蕨歳時記】 (復刊51号)
ちらちらと精霊踊る柿若葉

青葉若葉の季節となった。ついこの間お花見を楽しんだ桜の木も、今はもう青々とした葉におおわれている。柿やクヌギ、コナラなどの落葉樹は4月の声を聞くころ新芽を出し、おずおずと薄緑の葉を広げ始めたと思ったら、立夏を過ぎる5月初旬には木全体が若緑になっている。公園の樟や椎ノ木も新しい葉を茂らせ始め、それに席を譲って古い葉が盛大に散り出した。

新緑は気持ちがいい。その中を吹き渡って来る風も香しい感じで、「風薫る」とか「薫風」という季語になっている。ことに柿の若葉は美しい。まだ真夏の濃緑ではなく、若々しい緑が梅雨に入る前の陽射しを浴びてきらきら光り、木漏れ日を地上に降りそそぐ様子は万物再生の喜びを祝い踊っているようだ。

古きが枯れ落ちて、新しきものが取って代わる。これが新陳代謝というもので、自然界の法則である。自然の中に生かされている、ということを忘れてしまった現代人は、この新陳代謝の重要性をも理解できなくなってしまった。政治も経済も、そして一般庶民の生活の場面でも、「今」が永遠に続くという勘違いがはびこっている。万物に宿る精霊の嘆きや如何。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊52号)
梅雨晴れ間どこぞで布団叩く音

関東地方も梅雨の季節になった。これから約1ヶ月うっとうしい日が続く。しかし梅雨という雨季があるからこそ、稲が育ち、胡瓜や茄子も実をつけるようになる。草木は旺盛に枝葉を茂らせ、緑豊かな日本独自の自然観も生まれる。過密状態の首都圏の住民が1年中ふんだんに水道を使えるのも、梅雨と秋の台風があるからである。オーストラリアや中国内陸部、中近東の人たちからみれば、水の豊かな日本人の暮しは何ともうらやましい限りなのである。

さhさりながら、毎日毎日雨が降り続くと、もう勘弁してほしいなあと思ってしまう。だから長雨が上がって、ぱっとお日様が照る「梅雨の中休み」がやって来ると、本当に生き返った気分になる。昔の人は梅雨が途切れて快晴になるのを「五月晴れ」と言って無上の歓びとした。

晴れ上がった空に向かって大きく背伸びをする。どの家も物干には洗濯物がひるがえっている。掃除機のうなる音もする。どこからかぱんぱんっという威勢のいい音が響いて来る。干した布団を叩いているに違いない。梅雨の晴れ間は町中が活気づく。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊53号)
かひ無きを夏の電車で化粧かなく音

今年は猛暑だとテレビの天気予報のおじさんが言っている。気象庁の言うことは大概反対になるから、大したことはないかもよ、とヘソ出しの若い娘がうそぶいていた。

それにしても近ごろの電車の中にはおかしな人間がたくさんいる。シルバーシートはこれといった障害もなさそうな若者、中年が占領している。普通の席では詰めればもう一人座れるものを、隙間を空けて座ったり、さしてスマートでもない足を広げていたりするからどうにもならない。中には平然と携帯電話を掛けているバカもいる。

そして痴漢である。これがあまりにもひんぱんに出没するようになって、とうとう女性専用車両というものができた。しかし、痴漢が出るのも無理はないなあ、と思えるような格好の女性が多過ぎることも確かである。

どうにも理解しがたいのが、社内で化粧をする女性たちである。鏡を見つめて、膝の上に広げた化粧品を取っ換え引っ換え塗りたくる。ハサミみたいな道具で眉毛をそっくり返らせ、小さなブラシで黒いものを塗っている。終るとまた鏡とにらめっこ。こちらから見たところ、さしたる改善は無いようなのだが、満足したのか腕を組んで居眠りを始めた。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊54号)
焼け跡の臭ひのしみる皺南瓜

「焼け跡」と聞いて、すぐに戦争中の空襲を思い出す人が年々少なくなってゆく。無理もない、あの過酷な戦争が終わってもう60年たってしまったのである。

昭和19年後半から20年8月15日の無条件降伏の前日まで、日本の各都市は米軍機の爆撃によって焦土と化した。家を焼き払われた人たちが困ったのは、まず食べるものが無いことであった。米麦など主食はそれ以前から配給制度になっていたが、すべてが焼き払われてしまって、配給ルートもめちゃくちゃになってしまった。防空壕の中に大切にしまって置いた食品を掘り出したり、つてを求めて近郊農家から手に入れた米麦を細々と食いつないだりした。そういう手だての無い人は、木の根や雑草、時には根まで掘り起こして食べた。

救いの主はカボチャであった。都会地では食料難対策として、どの家も庭木を引き抜いて畑にし、南瓜や薯を植えた。南瓜は非常に生命力の強い植物で、空襲で家が焼けた跡に蔓を勢いよく延ばし、豊かに実った。

「三度三度南瓜ばかり食わされたからなあ」。60歳代から70歳代には南瓜嫌いがけっこう多いようである。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊55号)
新涼や石のベンチのよりごこち

古代世界では月の満ち欠けで月日を定めていた(太陰暦)。真っ暗闇の新月を1日(ついたち)とし、満月の日が15日、だんだん欠けていって真っ暗になる29日あるいは30日を月の終わりとした。この12ヶ月を1年とすると、太陽の運行による1年よりも約11日短くなる。春夏秋冬の季節変化は太陽の運行に伴うものだから、太陰暦を使っていると暦と季節が合わなくなってくる。放っておけば正月が真夏になったりする。アラブ諸国で今でも使われているイスラム暦がこれである。

これでは暮らしにとても不便だから、太陽に合わせてほぼ3年に1度、1年が13ヶ月ある年を拵えて調節した。それと共に、1年を24分割し、ほぼ15日ごとに括って「立春」「立秋」「大暑」「大寒」などと名前を付け、季節の移り変わりを分かりやすくした(24節気)。これが明治5年まで使われていた太陰太陽暦(旧暦)である。

この旧暦は今でも私たちの暮らしの中に行き続けている。「暑中見舞」とか「寒稽古」「節分」など、いずれも24節気に基づいている。秋の彼岸の墓参が行なわれる「秋分」もそうである。秋分ともなれば秋も本格的で、公園のベンチの座り心地も良くなる。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊56号)
コスモスに母見失ひ泣く子かな

秋桜とも呼ばれるメキシコ原産の草花だが、今では日本中に広まって秋を告げる花となった。白、ピンク、赤、紅、紫と色とりどりの花が、細やかに風にそよぐ緑の葉をバックに群れて咲く景色は、実に爽やかである。

花も葉もちょっとした秋風に揺れる。いかにも優しげな風情だが、その根元あたりの茎を見ると、固く節くれ立っていたりして、いかにも頑丈そうである。優しそうに見えるが実はとても強いお母さん、という感じである。

こぼれたタネが翌年春に発芽して育ち、自然に花をつけるから、おやこんな所にと思うような場所でコスモスに出会うことがある。近ごろは休耕中に田畑や荒れ地にコスモスを群生させて、「10万本のコスモス園」などと人寄せの道具にする所も出てきた。

野原に自然に咲いたものも良し、人工的なコスモス畑もまた良し。澄みきった秋空の下で家族水入らずのピクニックは身も心も晴れ渡る。コンクリート・ジャングルに閉じ込められていた子供たちは大はしゃぎ。でも、大人の背丈ほどに茂ったコスモスに視界を遮られて、ともすれば方角を見失い、心細くなってお母さんに助けを求めたりする。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊57号)
葱の香の階段のぼる朝六時

11月7日は立冬、22日が小雪。北国からは雪便りも届き始め、関東地方にも木枯らしが吹き始める。そして12月、1年が駆け足で過ぎ去って行く。

地球温暖化とは言え、やはりこの季節になれば朝晩はぐんと冷え込むようになる。寒くなると持て囃されるのが鍋料理。寄せ鍋、牡蠣鍋、鱈ちり、あんこう鍋、鶏の水炊き、牛鍋、ちょっと贅沢なフグちり、カニ鍋、郷土色豊かな石狩鍋、きりたんぽ鍋。めずらしいところではイノシシの肉の牡丹鍋、鹿肉の紅葉鍋、馬肉の桜鍋などもある。日本人ほど鍋料理が好きな国民もめずらしい。

鍋料理に欠かせない脇役として葱がある。関東では埼玉県名産の、白い部分が長いいわゆる根深葱が好まれ、関西では九条葱に代表される青い部分が長い葉葱が好まれる。どちらもツンと鼻をつく香りが肉や魚の臭みを消し、料理の味を引き立てる。さらに葱には強壮作用があるようで、食べると身体が温まり、元気が出る。

朝6時、まだ外は薄暗い。階下の台所から早起きの母さんがせっせと作っている葱の味噌汁の温かい香りが伝わってくる。さあ今日も一日頑張ろう。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊58号)
来し方を思ひ切れぬ冬の蝿

12月も中旬となると本格的な冬。草木も枯れ果て、冷たい風が肌を刺す。慌てて暖房の効いた部屋に駆け込んで、熱いお茶を飲んで、ほっと一息つく。ふと気がつくと、天井に黒っぽい虫が一匹止まっている。大きな蝿である。

どこからもぐり込んで来たのだろう。それにしてもよく今まで生き長らえていたものだ。しばらく見つめていても、じっとしたまま動かない。何か込んでいるようでもあるし、もしかしたら死んだままそこにしがみついているのか。と思ったらいきなりぶんぶん飛び回り出した。まるで狂ったように狭い書斎の天井一杯に円を描くように4、5周すると、またぴたっと壁にしがみついて動かなくなった。

うるさいと嫌われながら、自由自在に飛び回っていた夏の日を思い出しているのだろうか。何とか安住の地を見つけて、やがて来る春まで生き延びようともがいているのだろうか。

なあ、おまえ、思い切りが肝心なんだよ。なんて言う自分もまた、楽しかった若い頃を未練がましく思い出しているんだけど。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊59号)
御降りや優勝劣敗といふ言葉

景気が回復してきたと言われる昨今、またぞろ金儲けの話がもてはやされるようになり、拝金思想がはびこり始めた。

今回の景気立ち直りは、企業が徹底的なリストラを行って、経営コストを引き下げたことによることが大きい。政府もようやく重い腰を上げて、無駄を省く姿勢を見せ始めた。ただし、増税や医療費負担増など庶民の懐を絞り上げる政策と抱き合わせ。しばらくは弱い者いじめが続きそうだ。

問題は「リストラ」ではじかれた人が大勢いる、しかもこれからも続々と出て来るだろうということである。「優る者が勝ち、劣る者は敗れる」は真実かも知れないけれど、敗者を省みない世の中はあまりにも情けない。

お正月3が日に降る雨や雪を「おさがり」と言う。神様が下しおかれる恵みだと、昔の人はこれを素直に喜んだ。平成18年、関東地方には正月2日にお降りがあった。勝ち組の上にも負け組にも、天は分け隔てなく雨を降らせる。どうか今年が良い年でありますように。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊60号)
立春の乳母車押すリズムかな

2月4日は立春。この日から春なのだが、今年は特に寒さが厳しく、厚手のコートや手袋をした人が目につく。とは言っても、やはり「立春」と聞くとなんとなくほっとする。寒さを我慢するのももうほんのしばらくのことだと思えば気が楽になる。赤ちゃんにおくるみを着せて、乳母車に乗せている若いお母さんの表情も明るく、足取りも軽やかだ。

「赤ちゃん」がこれほど大事にされる時代もめずらしい。何しろ赤ちゃんの数がこの5年間減り続けており、昨年1年間に生まれたのは推計106万7千人で、1899年に統計を取り始めて以来最低になった。昨年の死亡数は107万7千人だったから、日本の人口は初めて減少に転じた。

少子化は今後もますます進み、2050年には日本の人口は8800万人と明治時代の水準になってしまうという推計もある。しかもその頃には国民の4割が65歳以上という想像を絶する老人大国になると言われている。

「紀子さまご懐妊」のニュースが伝わって、日本中にぱっと花が咲いたような空気が流れたのも無理はない。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

 

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