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わらび新聞

蕨歳時記バックナンバー No.8 一覧に戻る 1 2 3 4 5 6 7 8 9

【蕨歳時記】 (復刊71号)
家猫になりさうな野良寒の内

1月6日が寒の入り、20日が大寒で2月3日は節分、翌4日が立春となって、いよいよ春になる。立春までのざっとひと月が「寒の内」と言われ、寒さが最も厳しくなる頃とされている。

今年は暖冬のようだが、さすがに寒に入ると朝晩はぐんと冷え込むようになった。新聞配達のお兄さん、ゴミ回収のおじさんたちの息も白く見える。

町には野良猫が多い。カラスと競争でゴミ山を漁っている。元はと言えば、心無い飼い主が捨てたのがノラと化し、自然繁殖したのだろう。飽食の時代と言われて久しく、いたる所にノラやカラスの食物が転がっているから、ますます増えてしまう。

ノラにも縄張りがあるらしく、それぞれのゴミ山には数匹の決まった猫がいて、他所者や弱いものは追われてしまう。追われた猫は餌を求めてうろつく、寒の内ともなれば暖かい寝場所も欲しいと、家々の庭に入り込んで来る。たまたまやさしい奥さんに巡り合ったノラはその家の物置の床下などを住処として、時々「ニャー」と鳴いては餌をねだりに来る。こういう半ば家猫になったノラを「居着き猫」というのだそうである。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊72号)
下萌やゆっくり浮かぶ堀の鯉

夏の間勢い良く繁っていた草は秋になると花を咲かせ実を結び、冬には枯れて土に還る。冬の間、冷たい土の中でじっと過ごしていた種は、春の訪れとともに、黒い地面を割って芽を出す。初めのうちはごく小さな淡緑の芽だが、やがて気温が上がるにつれて伸び始め、ふと気がつくとあたり一面を緑に染める。「さあ春ですよ」と告げているようだ。水底で寒さをやり過ごしていた大きな鯉が、微妙な水温の変化を感じ取って、ゆらりゆらり浮かび出して来た。

春先に草の芽の萌え出すさまを「下萌(したもえ)」とか「草萌ゆる」と言い、俳句では早春の季語としている。芽を出し、伸び、さかんに繁り、花を咲かせ、実り、そして枯れて行く。四季の循環に従って、誕生から死、そして再生を繰り返す。草ばかりではない。時間の長さこそ違え、樹木も動物もそして人間も同じ道筋をたどる。輪廻転生(りんねてんしょう)である。

ところが地球温暖化の影響だろうか、最近は路傍のハコベなどが冬になっても枯れずに残っていたりする。季節変化がぼやけてしまうと、人間もめりはりをなくしてしまう。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊73号)
曇り後晴れ時々は春の雨

「女心と秋の空」あるいは「男心と秋の空」という文句があるが、春の空も秋と同じように不安定である。移動性高気圧におおわれると空は真っ青に晴れ上がりぽかぽか陽気になる。それが去って、日本海を低気圧が北上すると、そこへ向かって南東の風が吹き込み、強風や雨をもたらす。2、3日ぐずついた寒い日が続くと、ぱっと晴れて暖かい日が3、4日続く。こうした三寒四温を経て春はたけなわ、桜が花開く。

ことに地球温暖化の影響で、今年の冬から春にかけてのお天気は異常である。東京近辺では雪が一度も降らず、氷も張らない。気温が氷点下になった日が一日もないというのは恐らく新記録ではなかろうか。

おかげで桜の開花は例年になく早まりそうで、花見の名所はどこも見物客到来のピークが前倒しなるというので大慌てのようである。花見時期がずれることはさておき、降水量が少なかったから、米どころは夏場の渇水が心配である。それに暖冬の影響で害虫の大発生も心配される。防虫のために農薬を多用すれば健康に悪影響をもたらすことは必然。いくら科学が発達してもお天気ばかりは相変わらず神頼みである。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊74号)
菜の花を窓越しに母夢遊び

97歳になる母は、かかりつけの医師によると「どこも悪いところがない、関心しますなあ」というのだが、さすがにこのところめっきり体力が衰え、横になってうつらうつらしている時間が長くなった。

目がさめても半分夢の中にいるような気分でいるらしい。80数年も前の、女学校時代の話を楽しそうに話し始めたりする。そうかと思うと、妙にはっきりした声で「お煎餅が無くなったから買ってきてちょうだい」などと言う。いまだにすべて自前の歯で、煎餅を音を立てて噛る。それも手焼きの本格的なのでないと気に入らないのだが、先日とうとう前歯が一本欠けてしまい、それ以来、少し小さな、ぽりぽり噛める食べやすいものに代えた。そうしたらのべつ幕無しに食べてしまい、手近にある缶がすぐに空っぽになってしまう。「そんなに食べてはご飯が入らなくなるから、一日3枚にしておいてよ」と諭すと、「今日はまだ2枚しか食べていませんよ」などと言う。

庭に咲いた菜の花がガラス戸越しに見える。「あらきれいねえ」。きっと蝶になって飛んでいる夢でも見ているのだろう。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊75号)
新緑の午後の散歩や犬まかせ

風薫る5月。幼稚園や小学校に通い始めた新入生たちも、ほぼ1ヶ月たって新しい環境になじみ、元気溌剌としてきた。親の方は新年度で勤め先の部署が変わったりして、これまた忙しい思いをしたが、それにも慣れ、ゴールデンウィークの連休の疲れもとれて落ち着きを取り戻す。

ふと周囲を見回すと、町中も公園も若々しい緑の葉が繁り、まぶしい日差を受けて輝いている。そよ風がことのほか心地よい。行き交う人々の足取りも何となく軽快になったような感じがする。

5月の関東地方は、月末になると走り梅雨などというぐずついた日もあるけれど、おおむね晴れ上がった爽快な天気になる。気温もぐんと上がり、それにつれて草花も木々も見る見る成長し、鳥や獣も活発に動き回る。人間とて例外ではない。

回りが生き生きとして来るから、つい我を忘れてはめをはずし失敗したりもする。回りの動きについて行けず、自信喪失に陥ることだってある。いわゆる「5月病」である。そんなことにならぬよう、あせらずに、散歩も犬に引かれるままとしよう。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊76号)
岩陰の岩かと紛ふ蝦蟇

「蝦蟇」あるいは「蟇」と書いて「ひきがえる」。ガマガエルと言った方が通りがいいかも知れない。いまどきこんな漢字には滅多にお目にかからなくなったが、ヒキガエルそのものも町中ではめずらしい存在になった。小川や池が埋め立てられ、田圃には農薬が大量に撒かれ、道路もすっかり舗装されたから、こういう生物には実に辛い環境になってるのだ。

ひと昔前までは春になると、町はずれの水たまりのような池に寒天状の紐のような卵が産み付けられ、やがてそこから真っ黒なオタマジャクシがうじゃうじゃ出て来る。しばらくするとオタマジャクシに手足が生えて、尻尾が消え、小さな小さな蛙になって四方八方に飛び跳ねて行く。大方は鳥などに食われてしまうのだろうが、落葉の下や人家の縁の下などに住み家を見つけたものは立派なガマに育つ。

夏の夕方になると這い出して、暗闇にじっとうずくまり、蚊や蝿や蛾を食べてくれる。黒褐色の背中にはいぼいぼがあってグロテスクだからあまり人気はないが、何となく愛嬌がある。こういう生物が住めないような「美しい日本」はおかしいのではないか。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊77号)
脳天に汗拭のせて書見かな

与野党必死の攻防で、やかましく選挙カーが走り回る参議院選挙も終わると、梅雨も明けて猛暑が襲う。

別に環境庁ご推奨のクールビズ(それにしても変な言葉だ)のお先棒をかつぐわけではない。冷房の風が首筋に当たると身体の調子が狂ってくるような気がするので、エアコンをできるかぎりつけないようにしているだけである。そうするとたちまち玉の汗が噴き出して来る。

こういう時に外をほっつき回るのは愚の骨頂だからと、頭のてっぺんにガーゼ地の汗取りを載せて机の前に座り、積んである本を読む。すっかり禿げ上がった頭頂にも汗が出ており、それを吸い取った汗拭は頭皮に吸い付いて、少し前屈みになったくらいではずり落ちない。青々と繁る藤棚を吹き抜ける風が窓の網戸越しに入って来て涼しい。「いつか読もう」と積んである本は、どれも少々難しいことが書いてある本だけに「積んどく」になっているわけで、ほんの2、3ページで眠たくなる。

がくっと前のめりになった頭から汗拭がばさっと落ちる。真夏の午後である。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊78号)
ため込めし思ひのたけを油蝉

8月8日は立秋。とは言っても、今年は梅雨明けが遅くて関東では8月1日だったし、その後の数日は台風5号の影響でぐずついた天気が続いたから、立秋がまさに本格的な夏の始まりという感じになった。温度計は連日30度を上回り、公園はもとより町中の通りのあちこちにも油蝉が取り付きジージーと泣きわめく猛暑がやって来た。

蝉の声はうるさくて暑苦しいと言う人もいれば、いかにも夏らしくていいという人もいる。蝉にしてみればどう取ろうがご自由に、というところであろう。一心不乱に雌蝉を呼んでいる。

なにしろ地中で過ごす7年、ようやく地上に出て来てやれやれと思うのも束の間、わずか10日から2週間の命なのである。この間に良き伴侶を見つけて子供をつくらねばならない。一刻も早く相手を見つけようと大声を張り上げるのも無理はない。7年分の積もり積もった思いを一挙にぶちまけているのだ。

切羽詰ったような、あるいは無念無想ただひたすらに思いを詰めたような蝉の声を聞いていると、人間社会にもよく似たような場面があるなと思う。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊79号)
ため込めし思ひのたけを油蝉

旧暦8月15日の満月を「仲秋の名月」と言う。今年は9月25日に昇る月がそれに当たる。果たして真ん丸のお月さまが見えるかどうか、それはその夜のお天気次第だから予測は難しい。

晴れた夜空をこうこうと照らす15夜お月さまはとても美しい。古来、日本人は月にも神が宿ると信じ、仲秋の名月には芒を生け団子や果物を捧げて、天下泰平、家内安全を祈った。子供たちは団子を食べ、大人たちは酒を酌み交わしつつ、名月を仰いだ。

15夜の月には影のようなものがあって、それが兎が杵で餅をついているようにも見え、人の顔のようにも見える。鳥が羽を広げているようだという人もいれば、大きな木が茂っているように見えるという人もいる。

今年の15夜お月さまはどんな風に見えるだろうか。政界の大混乱をきっかけに、これからの世の中は何となく多事多難のような感じもする。見ようによって色々に見えるお月さまだが、もしかしたら泣きべそをかいているような顔かもしれない。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

【蕨歳時記】 (復刊80号)
木犀番かたまりて来る雨上がり

10月も半ばを過ぎるとようやく秋も深まる感じである。近ごろは地球温暖化の影響であろうか、いつまでも夏の暑さが続き、それだけに秋の涼しさと澄み透る青空がことのほか嬉しい。

しかし秋の天候は実に落ち着かない。天高く馬肥ゆる秋と言われる秋晴れは長続きしない。青々とした空に鰯雲がいっぱい現われ、その美しさに酔っていると、もう翌日から天気は崩れ始め、雨が降り出し、数日間降り籠められてしまう。こうした変わりやすい天気になぞらえて、男は「女心と秋の空」と言い、女は「男心と」という。つまりは「さだめなき人の心と秋の空」なのであろう。

気が滅入るような長雨が上がって、久し振りに外歩きをすると、どこからかキンモクセイの香りが漂って来る。秋風に乗って、時折むせるような強い香りが押し寄せる。もう長袖シャツが要るなあと思う。

そう言えば気の早いサザンカもぽつぽつ花をつけ始めた。秋は駆け足で通り過ぎ、11月8日はもう「立冬」である。

(大澤水牛、ペン画・丸山敏雄)

 

 

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