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わらび新聞

地蔵の小径バックナンバー No.2

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地蔵の小径(復刊11号)

昨年12月、日経の社会面でこんな記事を見た。愛知県警が「住宅密集地を走る生活道路の車道を狭めて中央線をなくして、交通事故防止策に役立てている」というのである。

法令上では車道の幅が5.5メートル以上の場合、中央線を引くことになっている。そこで両脇に75センチずつ路側帯を設け、車道を狭め、中央線をなくした。一昨年7月から三河地方の15路線で実験したという。

この結果、豊田市の12路線では半年間で、実施前には29件あった物損・人身事故が、9件に減った。愛知県では、県内全域に広げる方針という。何か逆転した発想のようだが、「運転者に対向車と道路を共有しようという心理が生まれたためではないか」と分析している。

蕨市内の道路は、一部を除いて狭い。この方式なら路側帯を通る自転車や福祉車両の安全も図れるし、工事費もほとんどかからないのではないか。いま各地の自治体ではさまざまな工夫が始まっている。こんな発想を生かすことこそ、地方自治の本来の姿だろう。

 

地蔵の小径(復刊12号)

新学期から土日が休みになる。この時間をこどもたちにどう使わせるか、塾に通わせるのでは意味がなさそうだ。

先生から無能呼ばわりされたことに腹を立て、小学校に数ヶ月しか通わなかった発明王・エジソンは「詰め込み主義でオウムのように先生のいうことを間違いなく繰り返させる教育は人間の創造性を殺してしまう」と述べている。

子供は、発想が柔軟で豊かな可能性を秘めている。腕は動かせば動かすほど筋肉が付く。これと同じで、具体的な経験という刺激を与えることが最も重要だともいっている。

有名な言葉「天才とは1%のひらめきと99%の努力のたまものだ」は努力主義の格言とされてしまったが、エジソンの真意は「1%のひらめきの大事さ」を強調したものだ。このひらめきは、本物に触れ、現場で学んだ知識から生まれるとしている。

幸い蕨では、合宿通学や社会体験といった、教室を飛び出した授業が行なわれている。土、日をこどもたちがコミュニティに参加する機会としたいものだ。

 

地蔵の小径(復刊13号)

小此木勇さんが44年間も営々と続けられてきた「わらび市民新聞」の編集を手がけて早くも1年が経った。埼玉都民で、蕨はねぐらと心得ていた私にとっては新しい発見の連続だった。

これまで記者として、雑誌発行人として、地域開発やイベントにもかかわってきたが、頭で描いていただけだと言うことがよく分かった。ほんの些細なことにも多くの人たちの協力がなければ事を成し得ない。他の都市と比較はできないが、蕨の将来を真剣に考えている層の厚さを感じた。

3月号から、まちづくりの一助にもと、全国に広がりつつある地域活動を紹介するコーナーを設けた。ぜひ参考にしてヒントを得てほしい。ところで紙面が硬すぎる、もっと楽しめる記事がほしいと言う声が多く寄せられている。

だが、新聞の使命の1つは、読者とともに考え、歩むことだ、と信じている記者のこと。路線を一気に変えるわけにも行かない。皆様のご支援を得て、さらに紙面を充実させていきたい。積極的なご指導をお願いする次第である。

 

地蔵の小径(復刊14号)

3月末、上海から蘇州、杭州などをめぐるツアーに参加した。3年前、北京から西安など黄河流域を巡ったときの印象と違って、ビックリするほどの豊さに目を見張った。

農村地帯には、2、3階建ての立派な住宅やマンションが建ち並び、高速道路が各所で工事中だ。古い市内でも曲がりくねった道路は次々に拡幅され、見違えるようになりつつある。

旅行者の目だから、ほんの表面しか見ていないのだが、数時間走り続けるバスの窓から同じような光景が続くと、信じざるを得ない。特に上海空港の巨大な大きさ、市内までリニアモーターカーで結ぶという説明には驚嘆した。

ひるがえって成田空港はやっと2本目の中途半端な滑走路が出来たばかり。高速道路網の建設も中断されようとしている。勿論、中国には土地が国有化されているという有利な条件もあるのだろう。

秘書の給与のピンハネなど、国家の将来と無関係な枝葉末節の議論に終始している場合ではなかろう。そんな感想を抱いた。

 

地蔵の小径(復刊15号)

まだそんなに普及していないが、21世紀のキーワードのひとつに「持続可能性」という言葉がある。少ない資源をいかに長持ちさせるか、地球環境をいかに保持していくか、そのためには、集中豪雨的な無駄遣いを排除しようという考えである。

こんな大きな規模の行動でなく、日常的にも常念頭に置かなければならないものだ。例えば、家庭の電力使用量を減らすためにこまめにスイッチを切るとか、節約・倹約のすすめでもある。思い付いてすぐ行動に移すだけではなく、長続きさせることなのだ。

同じことはまちづくりにもいえそうだ。1年に数回の催事も大切だが、小さくとも月例のイベントとか週に1回の売出しとか、地道な努力を倦まず弛まず続け、リピーターを確保すること。大規模店舗に対抗するために、必須だろう。

商売に疎い私がいまさら口に出すことではないかも知れないが、このほど米国でまとめられた2025年までのシナリオの翻訳を手伝っている内に、特に強く感じたことである。

 

地蔵の小径(復刊16号)

玉川大学の学生が造った太陽電池を使うソーラーカーの話を聞いた。1999年と2001年に世界的なソーラーレースに出場した。

オーストラリアの北海岸ダーウィンからアデレードまで3010kmを走り抜ける競技。昨年は13カ国38台で競った中で、高校チームは市販の太陽電池と普通のバッテリーを使い優勝、鉛バッテリーを使った大学チームは2位。

いかにソーラーパネルを組み込むか、空気抵抗を少なくするデザインを工夫するか、設計の苦労の話は尽きなかったが、自動車会社や米国の工科系の大学チームを尻目に素晴らしい快挙である。

排気ガスで環境を汚染することなしに、走行できる車は人類の夢であり、日本の若者のチャレンジ精神は衰えていないと感動した。

勿論、実用化にはほど遠い。指導に当たった小原宏之教授は「予算が限られていて、もっと性能の良いパネルを使えば、ぶっちぎりの優勝も夢ではない」という。この7月鈴鹿のレースに出場する。活躍を期待したい。


 

地蔵の小径(復刊17号)

日本人の平均寿命がまた延びたと厚生労働省が発表した。男性は78.07歳。女性は84.93歳。まことにおめでたい。女性は17年連続で世界一の長寿国になったという。

だが本当に幸せな老後を過ごしているのだろうか。将来の年金の受給にもかげりが出てきている。介護施設を訪問すると、病に悩んでいる老人が多い。本来生産活動に当たって欲しい若者が、老人介護に忙殺されている。

長野県下でPPK運動という言葉を聞いた。老後は「ピンピンコロリ」が理想だ、そのための基盤作りを進めようという。言い換えれば死ぬ間際まで丈夫で活動できる、それこそが、真の長寿社会なのだ。

老後のための体力作りの施設も必要だろうし、情報交換の場も重要だ。しかしもっとも必要なのは、生き甲斐作りである。埼玉県は毎年千人以上をいきがい大学に迎えている。ここでのねらいは仲間作りだ。

しかし、一歩進めて、老人が老人の面倒を見る、社会作りはどうだろうか。ボランティアをするにも常に資格が問われる。まだまだ規制が強すぎるのでは。

 

地蔵の小径(復刊18号)

「中山道宿駅制度400年記念シンポジウム」聴講した。路上観察を続けている赤瀬川原平さんらが出席したものだが、内容は支離滅裂だったが、2、3、考えさせられた。

一つは「道路」と「みち」の違い。道路は「用事」が走っているが、みちは「人生」が歩いていると言う発言。道路の機能は都市間の連絡にある。みちは日常の生活空間だ。ごっちゃにしては、まちづくりの設計は成り立たない。

第二に出席した国土交通省の大石久和技監の発言。京都の祭を支える「町衆」はみちを挟んで組織されているという指摘。そして「向こう三軒両隣」がコミュニティの活動源だという。「車社会がこの<みちの機能>を奪ってしまった。道路行政として反省している」と述べたのが印象的だった。

商店街活性化には、道路ではなくみちが必要だ。歩く社会、みちを挟んで一体化したコミュニティが前提となるのだ。蕨駅西口の銀座通りを二車線するという区画整理案は時代に逆行するものではないか。道路を拡幅した商店街は、全国的に見てほぼ死滅している。

 

地蔵の小径(復刊19号)

10月初め旭町公民館のフェスティバルに、駅前の放置自転車の実情が展示されていた。9月1日午前10時半には、東西合計638台が、午後3時には1637台が置き去りにされている。場所によっては、買い物かごを下げ、子供の手を引いては通れないほどだ。

統計によると、年々市役所によって撤去される数も減っている。数字だけ見ると、喜ばしい変化だと言えそうだが、さにあらず。蕨駅を利用する乗降客が減っているのだ。

ピーク時に比べ、12年は1日の乗降客が2割ほど減り、4万2千人弱になった。どう見るか。埼京線に移動したのも一因だが、考えようによっては活力を失いつつあるのかもしれぬ。

驚くべきことは、撤去されても、引取に来るのは27%にすぎない。輸入車の中には1台4000円程度で販売しているものもあり、引取料2100円を払うよりも新車を買った方が面倒がないとのことだ。

リサイクルを進めるにしても、ものを大切にする倫理が前提だ。数字を見ながら心配になってきた。

 

地蔵の小径(復刊20号)

10月中旬北朝鮮から拉致された5名の方々が一時帰国された。半世紀ぶりの帰国、感慨もひとしおだったろう。家族や故郷の人々との再会、ずっと目に浮かべていただろう風景、しみじみと噛みしめたかったに違いない。家族、それも脱走米兵の夫、あるいは父親が北朝鮮の娘、簡単に日本への帰還は出来ない事情を抱えている方もいたのだ。一律に語ることはできない。そっとして置いてあげたかった。

が、過剰な取材が目に付いた。小生も記者の端くれだったので、取材陣の全国民に伝えたいという気持ちは分かるが、常軌を逸していたのではないか。取材陣は決して当事者ではない。ダイアナ妃が亡くなったときも、取材で追い回すパパラッチの行動が批判を浴びた。

在日米軍の広報活動のモットーを聞いたことがある。「ラストノウ、ファーストゴー」というのである。最後に知り、最初に駆けつける、最低この程度の謙虚さが要求されるべきではなかったか。これに先立ち帰国された寺越武志さんも帰国直前の記者会見で指摘していた。

人権を守るなどという大それたことではなく、すべてに思いやり、いや相手の立場に立っての取材が優先することを、考え直している。

 

地蔵の小径バックナンバー No.2

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